覚醒体験1 本当の私は全部!

覚醒体験は、断食をしたり瞑想修行をしたり、特別な人だけが体験するものだと思っていませんか?
私の覚醒体験は、誰でも経験するような、ちょっとした気づきがきっかけです。

皆さんは痩せている人を見かけて、ああ痩せているな、スタイルがいいな、なんて思うことありませんか?
私はよくあるんですけどね。

ある日のこと、自分が「女性のスタイル」に注目していることに気がついたんです。
自分の体型が気になるあまり、無意識に注目してしまうのですね。

その日は静かに、自分の中にある「痩せている・太っている」という基準を
見つめていました。

穏やかに自分の思いを見つめていると、ふと、
どこからが太くて、どこからが細いというのだろう、と思いました。
しまいには、なんで女性なのだろうと思いました。

電車内で座っている人たちを見つめながら、
結局、「細い」か「太い」、「女性」か「男性」を決めていたのは、
所詮「自分」だったと気がついたとき、何かがパッとはじけました。

圧倒的な感覚が押し寄せてきて、私は「止められない」とさえ思いました。

そして次の瞬間、
全ては、ただ在るだけになったのです。

人でもなければ女でも男でも、老人でも子供でもありません。
どの「部分」にも名前はつきません。
聞いている音楽もどこか遠くに聞こえ、
息をしていたかどうかも分かりませんでした。

全てが、いわゆる空そのもので、
個人の私たちは、本当の私たちの中で現れる「表現」にすぎないと、
はっきり体感しました。

「ただ在るだけだ!」と思考が走った途端、その世界はいつもの世界に戻ってしまいました。
全ての物はただ在るだけで、そして何も無かったと分かった時、
私は電車の中で笑ってしまいました。

今まで散々、何かが劣っていると思って苦しんだり、
常に何かが足りないと思ってたんですから、
ちゃんちゃらおかしくて、笑いがとまらないのです。

私たちは、常に、全部だったのですから。

今まで、
何かが足りなかったことも、
何かが劣っていたことも、
愛ではなかったことも、
一度だってありません。
ありえないのです。

覚醒体験後、数日間はとても至福な日々が続きました。
なんだか笑っちゃいますが、階段を登る際には涙 が出てしまいましたね。
上下という仕組みが奇跡的だからです。

いつも通っていた八百屋では、あらゆる野菜が存在することに感動して、
八百屋の隅から隅まで歩いて見渡し、それはまるで映画を見ているようでした。
「2時間はいられるな…」と思ったほどです。

分け隔てようの無い世界で、重さを感じる事、高さを感じる事、
温度を感じる事、そして存在することーはとてつもない奇跡だったのです。

私たちの世界はー
あなたが既にいるだけでー
ペンを持つだけでー
椅子に座るだけでー
手をつなぐだけでー

もうどうしようもないほど美しく、奇跡的なのです。
素敵ですよね。

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