悟りのQ&A 非二元を理解できれば、おおらかに死を受け入れられますか?

大切なペットを亡くされたという読者の方から
死についてのご質問を頂きました。

私も子供の頃からずっとペットと一緒でしたので、
大切な家族を失う辛さはとてもよく分かります。

まず、心に大きな痛みがあるときは
体をいたわり、寄り添い、適切にケアをなさってくださいね。

十分にいたわった上で、
その上で、1つ1つみつめてみましょう。

また、私の言う事よりも、ぜひご自身の中に沸き上がる答えを一番大切になさってくださいね。

まずはご質問から

icon-quote-left 非二元の本が好きで読んでいました。
死んだ後も死後の世界があるという話は、
私の存在が消えることへのエゴの抵抗が作り出した話だと思い、信じなくなりました。

私は中途半端に非二元の知識だけあり、
死んだ後、個人の意識が残るとは思えず
愛猫の意識ももう消えてしまってないんだと思っています

自分が死んだ時、天国の虹の橋で大好きだったペットと再会できるという
虹の橋という話があります。この話はペットロスの人の間で救いになっていますが、私にとっては救いが無くむなしいです。

覚醒体験もしたことがなく非二元も理解できていないので
自分はこの体でこの心で愛猫とはちぎれた存在なんだと強く思ってしまっています。

非二元を理解できれば、最愛の相手の死もおおらかに受け入れることが出来るのでしょうか icon-quote-right

まずは、「非二元が好きで、魂の話がむなしくなった」ーとのことですが、
非二元を知る前はどうだったのでしょう。

「非二元の知識があることで、個人の意識が残るとは思えない」ーとのことですが、これも、非二元を知る前はどうだったのでしょう。

よくひも解いてみると「誰もいない」というような非二元のメッセージが
むなしさの原因になっていませんか。

「私と愛猫はちぎれた存在だ」ー
ちぎれるーという言葉は、1つのものから分裂するというニュアンスを含んでいると思いますが、
それも非二元的な知識が含まれている気がするのです。

文章で伝えるのは難しいと思うのですが、
「誰もいない」「何も起きていない」というような
非二元の教えがただの知識、つまりただの「思い込み」になってしまうと
そこから苦しみが生まれます。

言葉で本当の私たちを例えるなら、
「何も知らない」が一番近いと私は感じています。

「誰もいない」は適切な表現だと思いますが
「無い」を理解するには、「有る」と「無い」を区別できないといけませんね。
本質は、「だれ」という概念も、「無い」という概念も知りません。
知識で何かを分けたり固めたりしないのです。

だからこそ、より本質に近い生き方は、
何を信じて苦しんでいるのかを見つけて、
ホームに戻ることだと思っています。

ここでの苦しみの原因は、
◎愛猫の意識はもう消えた
◎個人の意識も消える
◎ちぎれた存在だ
という、非二元をベースにした「思い」ではないでしょうか。

その思いは、本当に本当に?真実なのでしょうか。

目をとじて、
本当に、
その愛猫ちゃんの存在を感じられないのでしょうか。

 

本当に?
よーく感じてみてください。

 

知識で世界を区切らなければ。
私たちはいつでもつながっています。


ここで少し視点を変えてみたいと思います。


あくまでも例ですが、
もし「あなた」が亡くなったとして….

残された大切な家族、子供達が
あなたの死を受け入れられず、孤独感と喪失感でいっぱいで、
真っ暗な毎日を送っていたらどうでしょう?

悟り 

逆に、あなたとのつながりを感じながらも、
悲しみや寂しさを受け入れ、死を受け入れ、
ハートから生きていけるとしたら?

悟り

どちらがいいかと聞かれたら、
私は自信を持って後者の方がいいと答えます。
私は私の死を受け入れてもらいたいーそう感じます。

こうやって視点を変えてみると、
本当は私たち、私たちの死を受け入れてほしいのではないでしょうか。

文章で適切に伝わるか分かりませんが、
年老いること、
病気になること、
失敗すること、
負けること、
死ぬこと、
本当の意味では、全てありのままを受け入れてほしいのではないでしょうか。

そして「本当の私」は、
「死」という切り離しもせず、
何も否定せず、
あるがままをただただ愛しています。

ありのままのあなたと、
ありのままの世界をただただ愛しています。

あなたの最愛の人も、
あなたも、
死も
その愛でできています。

死の根底にとても深い愛が隠されているんです。

世界は、それでも大丈夫だよ、とあなたを包んでいるんです。

 


死をおおらかに受け入れられるようになるのでしょうか?


もし私が最愛の家族やペットを亡くしたら。
きっと大泣きするでしょうね。とても悲しむと思います。
(がっかりしましたか!?)

何か違いがあるとしたら…
その悲しみが許されていることを知っているだけなんです。

その悲しみの下に深い愛があるということ、
死の底に深い愛があるということを知っているだけなんです。

そうやって、
ありのままの自分と
ありのままの世界に寄り添うということは
結果的におおらかな受け入れと言えるのかもしれませんね。

大切なのは非二元を理解しているかということより、
今、
本当の自分の思いに寄り添うこと、
自分の感情に寄り添うことなんです。
それは今この瞬間から出来ます。

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